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プロフィール

Shiho Hayashi  /  林 志保

 

フォトグラファー /  Web・モバイル コンサルタント 

京都人ぽくないけど京都生まれ、京都育ち。

高校卒業後、バックパッカーで1ヶ月ヨーロッパを旅する。その後、米国ワシントン州へ留学し3年半で学士号を取得。

その後、現地にて留学関連企業に就職。結婚を期にカリフォルニア州へ移住。シリコンバレーにて、日系ゲーム関連企業に就職し日本・米国・欧州向けテレビゲームの開発部門にてコントローラーの企画・開発・ディレクション業務を担当する。

米国生活14年目にして離婚&帰国。 帰国後もゲーム業界や、ネットセキュリティ会社で活動しながら3年を過ごす。

「よっしゃー!これからたくさんやりたい事ができた!」と感じていた時、今度は妊娠&出産!(いつも非常に分かりやすい岐路に立つ自分がオモシロい)

 

そこから、楽しく育児をしながらもフリーランスとしての道が始まるのでした。

 

高校までやっていた剣道も再開する事でブレブレの自分を軌道修正しようと悪戦苦闘の毎日。

剣道を通して気づいたのが「心眼を鍛える」という事。 そこに意識を向けたおかげで、趣味程度に撮っていたカメラの尊さに気づく事が出来た。

ファインダーを通して見る世界は素晴らしく、裸眼で見えなかったもの、それ自身の些細な動きや、息づかい、心の揺れなどを見分ける事ができることに気づくことができました。

その二度とない一瞬にとりつかれ、それが本業になってしまいました。

ちょっと長いけど、Shihoっていう人がどんな道を歩いてきたのかを読んでみたい!という怖いもの見たさ感が湧いてしまった方はココから下を読んでみてください。
 

ポートレート写真のお仕事を始めたきっかけ

 

フリーランス業の始まり

 

そもそも育児中に何度か訪ねてきてくれた腹心の友、(せとぐち ちか)がフリーランスとして独立するという話を聞き、当時フリーランス業には必須項目であったパソコン、ブログ、メルマガなどに関して私にできることをヘルプさせもらったのが私のフリーランス業の始まりでした。

家事・育児に埋もれながら生活をしていると、今までに培ったお仕事に関する知識や経験が風化してしまうのではないかと言う恐怖心があったのもありますが、無料でもいいから何か自分が世の中に貢献しているという事を感じたかった。

そうする事でフリーランスとしてやっていく事への勉強にもなるし、何かで人を喜ばせるという事が出来ると思ったから。 社会の一員として存在しているという証を持ちたかったのです。

 

流石に滅入った時期がありました

 

当時こなさなければならなかったのは3つの仕事。

1 家事・育児

2  起業していたパートナーの仕事の手伝い  

3  自分のためのフリーランス業

それは、自分に出来るキャパを大幅に超えていたので、いつしか余裕もなくなり、パートナーとの間には殺伐とした雰囲気が漂っていました。

 

特に、100%孤立型の家事育児は大変。

 

いっその事、何もかもそこに投げ捨てて居なくなってしまいたい!と何度も思いました。いつも頭の中を「知らなイィ〜街をぉ歩いてぇみ〜た〜あイィぃ♪」的な歌が負のループ再生していました。

 

そして、お金もなかった。。。(TT)

 

大抵、こういう負の永久ループ話はお金のない。。という話になりますが、本当に無くなるもんなんだなと思ってました。

毎月、家事育児のために自分の貯金を切り崩し、子育ての大変さと忙しさに追われ、パートナーの仕事の手伝いに追われ、安らぎを感じる事さえできなくなって、心が荒んでいく毎日でした。  

この時は酷かったです。

子育てしている間は頑張って笑顔で明るく振舞っていますが、その反動というか、子供達から離れると全く笑えない、何をみても興味が持てない、冗談にさえ対応できない状態。心が干からびてしまって「もぬけの殻状態」。  

 

そこへ、「泣きっ面に蜂ってこう言うこと?」というような出来事が起こりました。  

 

父が突然の他界。  

この時は何が起こったのか全く理解できない状態でした。

別段、父に生活を援助してもらっていたわけでもなく、同居していたわけでもありませんでしたが「とはいえ何かあれば泣きつくところはある」と、心の拠り所にしていたのは確かだったからです。

父が亡くなってしまって、もうどうやって生きていけばいいのかさえ、わからなくなっていました。

  3つのお仕事に加え、父の会社関連の整理。もう死にそうでした。。。  

朝起きて、やることは父亡き後の会社整理。それを行うたびに寂しさ、悲しさ、そして怒りや不満を感じ、将来への不安にも押しつぶされそうになりました。

父に対して、「なんで死んだんや!なんでこんな事せなあかんのや!」と怒りさえ込み上げてきてしまって。。。あの頃は、なぜだか全てが憎かったのです。  

多分、その時は毎日すごい顔していたんでしょうね、2歳と5歳の娘が絵を描いたり、歌ったりしては元気づけてくれていたのです。 でも私は、それさえも「忙しいから後で!」と。。。 なんて、ひどいやつだ!と思いました。

そんな顔をして、そんな心を持っている母に育てられるこの子達は幸せを感じられるのかな、多分むずかしいだろうな。。。と心底 反省しました。

そして思ったんです。

私が元気じゃないと、子供も楽しくない! 私が笑っていないと、子供も幸せじゃない!

そこで、自分が元気になる環境を作り、全てを仕切り直そうと決意し、生まれ育った京都へと子供二人を連れて帰ってきました。

 

剣道で人生の仕切り直し

 
 

父が他界して2年目、基本的生活軸がブレブレの自分をどう立て直すか。。

 

「案ずるより産むが易し」

 

まず体動かすことから始めてみようと、高校までやっていた剣道を再開。そしてしばらくやっていくうちにあることに気づいたのです。

「心に迷い(心配事や悩み事)があると真っ直ぐに打てない」ということ。

どうすればいいの?

簡単なことでした。

座禅や瞑想と同じで、たとえ迷いがあったとしても、それはそれで横に置いて、剣道の時は真っ直ぐ打つことだけに集中することでした。

それからはとにかく無心で「真っ直ぐ打つ」事に意識を向けました。

意識し始めて集中できるようになると余裕が出てきて、周りが見えるようになってきます。

 

周りが見えて一番初めに気づいた事、   どんなヨボヨボの先生でもスキがないのです。  

一心に打ち込んでも、簡単にヒョイと避けられてしまうのです。 どんなに気合を入れ、力で体当たりしてもヒョイと交わされ、どこかを打たれます。  

ある日、先生に聞いてみました

林:「先生にはどうしても打てません。どうすればいいのか分かりません」

先生:「先(せん)を読むんや」

林:「先ですか?」

先生:「技のおこり って知ってるか?相手が、頭の中で打とうと思った時が ”技のおこり”や。わずかに動く相手の目や体全体の気を直感で受けてそれに応じた対処する事」

 

林:「それはどうすればいいんですか?」

先生:「相手に集中する事、気を読むんや、どう出てくるかを読むんや」

林:「。。。。」

先生:「わしは先先の先を観とる」

林:「先の先の先ですか?」

先生:「そうや」  

 

先生から見て が私の動きなら、 それに対応している先生は 先の先、 それに対応する私の動きが 先先の先 になるわけです。。。   もちろんお若くして高段者になられた素晴らしい先生方もいらっしゃいます。

 

ですが「若さや体力より年の功がモノを言う」と言うことが多々あるのです。

その人が経験してきた人生観が剣道に生かされます。  

先をとるものが勝つとされている剣道の世界では、いかに先をとるか、先の取り合いです。気と気のぶつかり合いです。  

ぶつけなくとも、相手の気持ちを組むと言う力を、その眼を養うためにカメラが役立ってくれたのです。(やっと出てきた!長いわぁ。。)   ブレない自分を作る方法を教えてくれて、私の人生の捉え方を変え、カメラを運んできてくれたのは剣道です。

 

「続けること」が教えてくれた幸せ

 
 

  相変わらず干からびてしまっている自分の心を癒すため、無意識に始めた習慣がありました。

毎朝の日の出を写メして剣道関連のSNSにアップすると言うもの。

最初はただなんとなく、毎朝コツコツ一枚の写真とその日の気分で選曲した歌のリンクを添えてアップするのです。

見てくれる人が徐々に増え始めました。 1年間、携帯電話で撮り続けました。 そして、続けることの意味を知りました。

「いいね」の数と「友達リクエスト」の数が増え続け、みなさんに出会うと「いつも綺麗な日の出をありがとう!」と感謝の声をかけていただいたからです。  

そんなある日、友人の一人に「いつも思うんですが林さん写真撮るのうまいですよね」と撮り方を褒められたのです。

今までも、ウェブ制作用に、動画や静止画は撮っていまして。その頃から腹心の友には「芸術肌」と言われていたのです。ですが「そんなわけないやん」と完全にスルーしていました。

そんな私も、なんだかその時ばかりは聞く耳を持ちました。

その時「実は写真好きなんちゃう?」ということを意識し始めたのです。  

 

引き寄せの力ってあるんだなあと今は思います。携帯で撮影する事に夢中になり始めた頃に、カメラについて色々教えてくれる仲間がどこからともなく現れたことです。

しかもそのお友達は、自分は使わなくなったからといって私にNikon D90と言う一眼レフカメラと18-200mmのレンズを半永久的に貸してくれました。  

あちこちに撮影に出かけて行き、夢中でシャッターをきる。  

裸眼では見えていなかったものもファインダー越しには見えるものが多く、本当に感動したのを覚えています。疲れ切った心に一滴また一滴と水を与えるかのように、ファインダー越しの景色からは感動をもらいました。  

今ここでこうやって生きていることが感謝だなぁ、ありがたい事だなぁ、と思いました。

こんなに美しいものに囲まれて生きていたなんて知らなかった。  

 

「幸せなんて探すもんじゃない。周りに落ちているのに目をやればいいだけ」です。

 

  綺麗な写真や面白い写真を見せると、みんなの顔から笑顔が、幸せが吹き出てくる。

カメラを独学で猛勉強し、わからないところはネットやお友達に教えてもらって、なんとか納得できる(まだまだダメですが当初から比べるとマシ)ものが撮れるようになって来きました。

楽しくてカメラを持って出かけると時間が経つを忘れ、5時間なんて1時間くらいにしか感じませんでした。  

今までは人が喜ぶ顔を見たいと、そればかり理想にしていましたが、人を喜ばせるより自分が楽しく幸せになれる瞬間。

その瞬間を貯金していくと心が潤って、人にも同じ喜びを分けてみたいともえるようになたのです。   あんなに荒んでいた心がウソのようでした。  

人を幸せにするにはまず自分が幸せになる!  

私が撮る景色を見て(喜びを分けて)、喜んでくださる方が私に嬉しい言葉をかけてくれる(分けたものがもう帰って来た!)というサイクルがあるということに気づいて本当に嬉しかった。

正のループに戻れた。   好きなものを仕事にしたいと思ったのはこの時だったかな。。。と思います。  

一度きりの人生、「変化が起こるか」を待っていたら勿体無い!

  そう思い、なんでもいいから「行動を起こす」という事からはじめました。

腹心の友が言う「出来るか出来ないかより、やるかやらないか」この一言につきます。

10年ほどはWebやモバイル関連のお仕事をしながら、時にはセミナーや研修に出向きクライアントさんが希望するシーンを撮影し、またプロフ写真も撮っていました。

でも、被写体に意識を向けて撮ったプロフ写真をお見せすると、予想以上のなんとも言えない素敵な笑顔があふれます。

「嬉しいんだなぁ〜」と、その顔を見る事が最高の喜びに変化していきました。

初めはぎこちない表情の方も、撮り進めて行くうちに表情が変わり、思考が変わり、花開く瞬間があります。その幸せな瞬間がたまらなくて、パワーになります。

本当に楽しげな、嬉しそうな、穏やかな表情をされます。

一瞬、童心に返ったようにワクワクドキドキ、戸惑いながら、恥ずかしがりながら、時にはおどけて撮影に挑まれます。 その瞬間は、私しか見れていないけれど、その瞬間、瞬間に込められた想いや感情を一枚に閉じ込めたポートレートをお届けしたいのです。

 

その一枚を観るたびにその感覚や感動が甦ってくるものを創りたいと思っています。

 

好きな自分、輝いている自分、なりたい自分を撮る。

その写真を繰り返し眺める事で 叶えたかった未来が近づいてくる。

 

写真には人生を変える力がある。

私はそう信じています。   とりあえずは身近な事から。そこからお仕事に繋がって行けたらと思います。 読んでいただきありがとうございました。 一年間撮り続けた日の出の一部です(Timelapse) その時、適当に作ったものなので見辛い点はお許しください。

 

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